現代VCのルーツは19世紀の「捕鯨」にあった?大海原に挑んだハイリスク・ハイリターンの全貌


現代のスタートアップ投資の象徴である「ベンチャーキャピタル(VC)」。その組織構造やリスクの取り方の原型が、実は**19世紀アメリカの「遠洋捕鯨」**にあったことをご存じでしょうか?

今回は、荒波の太平洋へ命がけで乗り出した男たちと、それを陰で支えた金融システムの歴史を紐解きます。


1. 捕鯨の始まり:ナンタケット島から新世界へ

アメリカにおける捕鯨業は、18世紀にマサチューセッツ州のナンタケット島を中心として本格化しました。1768年には同島だけで125隻の捕鯨船を所有するまでに成長します。

しかし、捕鯨船が大型化するにつれてナンタケット島の浅瀬航行が難しくなり、深水港を持つ本土のニューベッドフォードへと主役の座が移っていきました。

2. 世界最大の捕鯨都市「ニューベッドフォード」

1850年代までに、世界中で操業する約900隻の捕鯨船のうち実に約75%がアメリカ船となり、ニューベッドフォードは名実ともに世界最大の「捕鯨の首都」として君臨しました。

この街には、クエーカー教徒を中心とした強固なコミュニティや金融機関(銀行・保険会社)が集積。出資者やエージェントのネットワークが形成され、1人当たりの個人資産額で全米トップクラスを誇る非常に富裕な都市へと発展したのです。

3. 投資家とエージェント:現代VCの「LP」と「GP」

莫大な船の建造費や装備・備品費用を調達するため、当時の捕鯨業では現代のVCと驚くほど似た資金調達モデルが作られました。

  • 投資家(出資者): 現代の**LP(リミテッド・パートナー)**に相当。富裕層が資金を提供します。1隻だけに投資するリスクを避けるため、船の所有権を1/32や1/64に細分化して複数の航海に分散出資する「シンジケート(共同所有構造)」が一般的でした。
  • 捕鯨エージェント: 現代の**GP(ゼネラル・パートナー)**に相当。専門知識を持ち、船長や乗組員の選定、船の調達、航海計画の策定、投資資金の管理(デューデリジェンス)を担いました。

4. 船乗りたちのインセンティブ:「レイ(Lay)」システム

過酷な海で戦う船長や船員たちのモチベーションを高めるため、固定給ではなく成果配分権である**「レイ(Lay=出来高払い歩合制)」**が導入されていました。

  • 船長:漁獲高の1/15〜1/8程度
  • 一等航海士:1/15〜1/20程度
  • 新人・一般船員:1/250〜1/200程度

この仕組みにより、全員が「大漁」という共通の目標に向かって利害を一致させていました。しかし、実際の航海は過酷そのもの。クジラとの死闘による怪我や死亡、壊血病などの病気、さらには労働に耐えかねた船員の脱走(時には全体の3割近くが脱走)や暴動のリスクと隣り合わせでした。

5. 太平洋とハワイ:数年に及ぶ遠洋航海

近海のクジラが獲り尽くされると、捕鯨船は南太平洋、北太平洋、そして北極海へと進出していきました。航海期間は**平均3〜4年(最長で6年)**にも及びました。

この超長期航海を支えたのが、**ハワイ(ホノルル等)**やガラパゴス諸島などの寄港地です。ハワイは食料補給や船の修繕だけでなく、母港への手紙の送付や脱走した船員の補充を行う最重要な中継基地として機能していました。

6. 一獲千金か破産か:ハイリスク・ハイリターン

捕鯨投資のリターンは、極端な**「ロングテール型(偏った分布)」**でした。

  • 高い失敗率: 航海の約34.5%は赤字に終わり、約6%の船は海難事故や沈没で母港に戻れませんでした。成果が得られない航海は「破産航海」と蔑まれました。
  • 爆発的な大ヒット: 一方で、利益率が100%を超えるような超高収益航海はわずか1.7%〜2.9%程度でしたが、マッコウクジラの頭部から採れる最高品質のマッコウ鯨油などを満載して帰港すると、1回の航海で投下資本を遥かに上回る莫大な富(純利益数万ドル)をたたき出しました。

「多くの失敗を少数のホームラン(大ヒット)で回収する」というこの収益構造は、まさに現代のスタートアップ投資そのものです。

7. 捕鯨の終焉とリスクの限界

19世紀後半になると、アメリカの捕鯨業は急速に衰退へ向かいます。

1850年代以降、多くの捕鯨船が特定の好漁場(ベーリング海峡や北極海)へ過度に集中したため、1871年に起きた流氷による閉じ込め事故や暴風雨被害など、自然災害による壊滅的な打撃が相次ぎました。さらに南北戦争中の敵船による攻撃や、代替燃料の登場なども重なり、命がけの「捕鯨ベンチャー」は歴史の表舞台から姿を消していくことになります。


まとめ

命をかけて太平洋を渡った19世紀の船乗りたちと、そのリスクを細分化して資金を投じた投資家たち。捕鯨の歴史を知ると、現代のVCやスタートアップのエコシステムが決して新しいアイデアではなく、大航海時代のフロンティア精神から受け継がれたものであることが見えてきます。


References

Nicholas, T. (2022). Bencha kyapitaru zenshi [VC: An American History] (M. Seki, Trans.). Nikkei BP. (Original work published 2019)

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